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「アート」を知ると「世界」が読める

2024.05.13 公開 ツイート

インドの現代芸術家カプーア作「豆」は鏡なのに極彩色!? 自由な発想で“多様性”を表現する世界最注目アーティスト 山中俊之

世界のビジネスパーソンにとって、アートは共通の必須教養! 世界97カ国で経験を積んだ元外交官の山中俊之さんが、アートへの向き合い方を解説する『「アート」を知ると「世界」が読める』より、一部を抜粋してお届けします。

世界で最も多様な国インドの「色彩の洪水」

世界97カ国を訪問した中で、私が「多様だなぁ」と実感するのがインドです。

インドがアジアだと考えられているのは、仏教というアジアを代表する宗教の発祥地であり、その後ヒンドゥー教文化という非キリスト教文化を生んだからでしょう。

しかし、言語的にも血統的にも、中国など他のアジア系よりもヨーロッパ系に近く、特に北部にはヨーロッパ系のように見える人も多くいます。

インドのホーリー祭

「インド系の活躍」というと、シリコンバレーのIT系の人たちを連想します。確かにそのとおりで、グーグルやマイクロソフトのCEOを輩出していますが、言語も宗教も多様なインドは多文化共生社会への適応力も高いと言われ、国際政治の中でも注目される存在です。

国連などの国際会議でも、インド人、インド系は立ち回りがうまい印象。地理としてはアジアでありつつ、血統や言語はヨーロッパ方面にルーツがあり、長く交易を通して交流してきたことや移住者が多いことを考えれば、アフリカとも密接な関係があります。

宗教はヒンドゥー教が主ですが、イスラム教徒も多数いますし、多民族国家ゆえに多言語国家でもあります。

「インドは国会でさえ通訳が必要」とされるとおり、連邦公用語であるヒンディー語であっても、南部出身だと解さない議員もいます。

何もかもが混沌としている極端な多様性を活かして、インドは国際社会で頭角を現しつつあります。ロシアや中国とも西側諸国ともうまくやる、“中庸の外交手腕”を発揮しているのです。地政学的にも、これからますます重要な存在となっていくでしょう。

アジャンター石窟の壁画(Indischer Maler des 6. Jahrhunderts, Public domain, via Wikimedia Commons)

インドでは古代から本格的な絵画の制作が行われ、アジャンタ壁画のように現在まで残っているものが多くあります。しかしなんと言っても、多様性を反映しているカラフルさがインドのアートの特徴です。

春に行われるヒンドゥー教のホーリー祭は、カーストに関係なくカラフルな色の粉や色水を掛け合う風習があります。その鮮やかでとりどりの色を見るにつけ、私は「インドの多様性の象徴だ」と感じます。

 

極彩色で彩られたヒンドゥー教の寺院、そこに捧げられる赤、ピンク、黄色の美しい花飾り、女性たちのサリー。そんな色鮮やかなインドの伝統を受け継いだアーティストが、現代彫刻家のアニッシュ・カプーア。世界で最も注目されるアーティストの一人です。

ムンバイ出身でロンドンでアートを学んだ彼は、インドに一時帰国した際、ヒンドゥー教寺院で伝統的に使われてきた粉末顔料に着目し、インドそのもののような色鮮やかな作品を発表。床に鮮やかな粉末顔料を砂山のように盛り上げたり、自在に散らばせたりするもので、ロンドンのアートシーンでも世界でも一躍注目を集める存在となりました。

無機質な手法で“多様性”を表現するカプーア

2012年のロンドンオリンピックの際につくられた赤い網目がまつわりついたような展望台〈オービット(軌道)〉は、カプーアが制作したもの。シカゴの〈クラウド・ゲート〉などのパブリックアートもよく知られており、これは鏡のように辺りを映し出す巨大ステンレスで、その形状からついた愛称は“ビーン”。

さらに2023年2月には、マンハッタンの商業ビルにも高さ6メートル、重さ40トンという、とんでもなく巨大な“豆”が出現しました。

「今やロンドンを代表するアーティストだけに、ヒンドゥーの極彩色からモダニズムに軸足が移ったのか?」などと思いそうになりますが、激しいまでに鮮やかな絵画も発表しており、多様さは健在です。

クラウド・ゲート(Nathanmac87, CC0, via Wikimedia Commons)

考えてみれば、一見無機質な“豆”はパブリックアートですから、空も建物も街ゆく人もリアルで、それらを映し出すことで完成する作品です。1日として同じ日はなく、通行人が全員同じという日もない。それはやはり多様性であり、別のアプローチの“インドの極彩色”だと思うのです。

カプーアの母は、バグダッド出身のユダヤ系でした。母親の影響でしょう、イスラエルのキブツ(イスラエルの集団農場)で働いていたこともありますが、現在はロンドンに在住しています。自分の中にさまざまなルーツが存在するイントラパーソナル・ダイバーシティが、インドが元来もっている多様性をさらにバージョンアップさせたのではないかと私は考えています。

 

カプーアの作品は、日本国内では、金沢21世紀美術館に恒久展示されている〈L’Origine du monde(世界の起源)〉がよく知られています。これは、クールベの同名の作品を参考にしながらも、カプーア独自の視点で、世界の起源について問いかけたものです。

彼はまた、建築家の磯崎新とタッグを組んで、東日本大震災の被災者のために移動式コンサートホール〈アーク・ノヴァ〉を制作しています。被災者を勇気づけてくれる明るさと楽しさが感じられる作品です。何もかもなくなってしまっても、どこでもアートが楽しめるような移動する建物。インド出身のアーティストの底知れない魅力に触れると、「発想の自由」などという枠すら外した“思考”ができそうです。

関連書籍

山中俊之『「アート」を知ると「世界」が読める』

NYタイムズではアート関連の記事が頻繁に1面を飾るなど、アートは欧米エリートにとって不可欠な教養である。他方、日本でそのようなことはなく、アートに対する扱いの差が、まさに欧米と日本のイノベーション格差の表れであると、世界97カ国で経験を積み、芸術系大学で教鞭をとる元外交官の著者は言う。アートに向き合うとき最も重要なのは、仮説を立てて思考を深めることである。そこで本書ではアートを目の前にして、いかに問いを立て、深い洞察を得るかについて解説。読み終わる頃にはアートの魅力が倍加すること必至の一冊

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「アート」を知ると「世界」が読める

世界のビジネスパーソンにとって、アートは共通の必須教養! 世界97カ国で経験を積んだ元外交官の山中俊之さんが、アートへの向き合い方を解説する『「アート」を知ると「世界」が読める』より、一部を抜粋してお届けします。

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山中俊之 著述家・ファシリテーター

芸術文化観光専門職大学教授。神戸情報大学院大学教授。株式会社グローバルダイナミクス取締役。1968年兵庫県西宮市生まれ。東京大学法学部卒業後、1990年外務省入省。エジプト、イギリス、サウジアラビアへ赴任。対中東外交、地球環境問題などを担当する。2024年現在までに世界97カ国を訪問し、先端企業から貧民街、農村、博物館・美術館を徹底視察。京都芸術大学卒(芸術教養)。ケンブリッジ大学大学院修士(開発学)。高野山大学大学院修士(仏教思想・比較宗教学)。ビジネス・ブレークスルー大学大学院MBA。大阪大学大学院国際公共政策博士。著書に『世界9カ国で学んだ元外交官が教えるビジネスエリートの必須教養「世界の民族」超入門』(ダイヤモンド社)などがある。

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